曼陀羅華の種

diary

今日という日は、一歩先も一秒先も
無数のわからないことに溢れている。

そこに定まりはないけれど
ひらいていく鍵は常にそこにあって
応えるなかに顕れてくる。

因果ではなく応えるなかに
顕れては消え、消えては顕れ
景色は変わり続ける。

そんな姿を自然の中にみるとき
美しさに見惚れて何かが癒えるように想う。

発芽し背を伸ばした植物が、花をつけない年があり、
花をつけても実りをつけない年がある。

花をつけ実りをつけても、実りはいつまでも青々と若く、
熟し切らずに種が大地に落ちないこともある。

2年前の夏に益子から運ばれてきた曼陀羅華の葉。
その種は東京の店先で芽を出し独特のペースで月日を経てきたものの、
この冬の積雪に耐えかねて、枝々は折れ、葉は自ら根を張る土の上に萎れた。

折れた枝先で固く鋭い棘に護られた実りだけが残り
いつまでも青く若いその中に、未熟な種が詰まっている。

いずれ実りは熟し、種は土に蒔かれるだろうか。
もしくは、成熟を待つこともなくしばらく種は棘の中で眠るだろうか。

すべての応えはめぐりの一部で、何も間違いはないのだろう。

鍵はおのずから見えて、見えた先から変わっていく。

そんな連なる応えが生み出す美しさは、
ここにもあそこにもめいいっぱいに散りばめられている。